BAROQUE/PLANETARY SECRET

3rd

1. PURIFY ★★★
「夜空に広がる星々を人々の生命の光になぞらえ ひとりひとりの魂こそが この世界を想像するうえで必要不可欠な唯一無二の大切な存在である。」
このアルバムのテーマらしい。何言ってんだこいつという冷笑こそが、CDを入れて実際に楽曲を耳にする前の私の率直な感想である。
だが私はこの曲と邂逅したその瞬間から今回は調子を改めなければならないと感じた次第だ。
彼らが真っ向から魂を剥き出して聴者と向き合うならば、わたしもまた諧謔、磊落な道化の仮面を捨て向き合わなければならない。
数少ないこのブログの読者よ、「そうやって堅苦しい真面目ぶった態度をとっておいてからのふざけた態度で笑いをとろうとする汚い手法はお前の十八番じゃないか。そんなもん飽きたしそもそもつまんねーんだよ、騙されないぞ」とお考えなのではなかろうか。
purify【動詞】
1…を浄化する;…から〔…を〕取り除く〔of〕.
2…を精錬[精製]する.
3〈罪など〉を清める;…の罪[汚(けが)れなど]を除く.
4〈人・物〉から〔罪・不純物などを〕取り除く〔of, from〕.浄化する, 清める
私はBAROQUEの洗礼により清め改めれたのだ。少なくともこの作品が私を包み込む39分2秒間はこの調子を崩さない。

2. PLANETARY LIGHT ★★★★★
度々このブログで取り上げているヴィジュアル系に限った話ではなく、このご時世、絶望、孤独、疎外感、鬱、痛み、苦しみ、負の感情云々云々といった厭世的なものを売り文句にした歌は国内外問わず腐るほど存在する。
まあこれらのテーマは曲にちょいとした深みを与えたり、いんちき占い師のお言葉よりバーナム効果的簡単な共感を得られたりするので持て囃され、むしろ近年音楽においては名盤であるがゆえの条件的なものとさえなりつつある。
勘違いしてもらっては困る、それらを虚偽だとか浅薄だとか偽物の絶望だとかと断定するつもりはない。皮肉が効いてしまったが私はこのようなテーマを掲げた音楽も好むし、中には真に自身の内部からの深刻なる発露を音に込めて発したものもあるだろう(とりあえず音に込めて発するだけの余裕はあるのだけれど)。
さて、長々と述べ立てたがそろそろこの曲「PLANETARY LIGHT」の話をしよう。
微々たる鈍い光を放つギターが遠い彼方で奏でられていたかと思うと、ボーカルの「wake up dreamy special life」の合図ともに、正に幕開けといったスケールを持つ宇宙のコーラスの中へ我々を迎え入れる。まるで見えてないだけで周りに存在していた星々が一斉に瞬き出したかのようだ。
何も難しいところはない開かれた快美な演奏と曲調の中、ボーカルはただ優しく呼びかけ続ける。
「wake up dreamy special life everything's gooona be alright(目覚めよう夢のような特別な人生へ 大丈夫全ては上手くいくから)」
この実存に向かった生の喜びを聴者の全身に浴びせかける楽曲は、前述した絶望の歌と全てにおいて対極に位置している。
太宰治の「晩年」の中の葉にこんな一節がある。
「安楽なくらしをしているときは、絶望の詩を作り、ひしがれたくらしをしているときは生のよろこびを書きつづる」
なるほど、この一節は真に正鵠を穿った寸鉄言ではないか。
ダウナーな詩と曲調で歌われる安易な絶望の歌は、まあネットでくだくだ自己主張はできるくらいの、生活現象における沈んだ気分を歌っているのかもしれないが、歌ってる当人もその聴者もちょいその絶望に酔いしれた後には今日の夕ご飯を何にするかのほうが重要であるようなお手軽インスタントな絶望の歌でしかないのだ。
対して、太宰が言うところの「生のよろこびを書きつづった」楽曲がbaroqueの2人によって結成されたkannivalismの旧譜heliosでは多く見られた。
タイトル曲のhelios、先行シングルのlife is...etc...
これらはいずれもポジティブな詩と曲調ではあるのだが、確かにどの曲もその奥からひっそりと顔をのぞかせている「ひしがれた暮らし」、諦念に近い真の絶望が垣間見えてしまう。
私はそこに恐れ入り、以来baroque、kannivalism両バンドに魅力されてしまったのである。
当楽曲「PLANETARY LIGH」はどうだろうか。純然たる生のコーラスの中にそういったものを見出すかは聴者各々の判断によるだろう。
ただ厭世的感情に支配されてしまったときに、この曲は世にあふれるインスタントな絶望の歌よりよっぽど心に深く訴え働きかけ、ひいては絶望に満ちた希望の涙を流させてくれるのではないだろうか。

3. DREAMSCAPE ★★★★★
眠れる夜などに、暗闇の中ふと宇宙という未だ未知の、無限大である存在と自分という一個の存在を対比し、いかに小さな存在であるかを思い知り、果てはそれが昂じた挙げ句に生と死の問題に移っていたり、この世界や死に対して言い知れぬ深い恐怖を味わう経験はないだろうか。
そんな夜はこの曲 「DREAMSCAPE」を聴くのがいいだろう。
BAROQUEは宴を始める。 静謐ながらも感極まった宴である。ボーカルは我々に舞踏への参加を促す。 衆生からの、共に存在する美しい恒星達に向けての感謝の舞踏だ。
エキゾチックなコーラスも入り宴へはたけなわに達する。おお、この広がる天体達の前に出れば我々の実生活の煩憂など瑣末たるものじゃないか。偉大なるものへの畏怖の先にある解脱、涅槃。さあ、授かったものを謳歌しようではないか!

4. CELEBRATE ★★★☆
多くの生ある者は周りに祝福されて生まれてくる。偉大なる者も。罪ある者も。
しかし、中には呪われ、忌み嫌われて生まれてくる不幸せな子どももいるだろう
BAROQUEの「CELEBRATE」は無償の愛をもって全てを祝福する。
その哀れな子どもも、呪った者も、忌み嫌った者も。
人類よ、我々が生まれてきたときに涙を落とすその本当の所以を見つけるためのヒントは、この曲にあるのかもしれない。

5. SKY WALKER ★★★
我々は自在に空を飛ぶ空想を一度はしたことがあるのではないだろうか
だがいつしか我々はそんな空想をする間もない社会に身を投じ、例え翼ををはためかせ自在に宙を泳ぐ鳥達を見て、かつての自分の空想を思い起こすことがあっても荒唐無稽なものでしかないと一瞬後には頭の外から放り投げてしまうだろう
さあ、今こそ目を閉じよ
そんな我々の手をそっとひいて、限りなく続く夜空へと導いてくれるのがこの「SKY WALKER」なのである
たった2分半であるが、私は確かに空を歩いていたのだ

6. SWALLOW THE NIGHT ★★★★
「静寂を切り裂く青い月」と詩にあるとおり、これまでのアンビエント、ミニマルの雰囲気は保ちつつもギターが静寂を切り裂き、このアルバム唯一ロックらしいロックが展開される。
安息の静寂を切り裂いてまでBAROQUEが伝えたかったものは何であったのか?
この曲は疾走ロックならぬ追想ロックなのである。
ほとんど永遠に続くとも言える天体の運行の中で、有限の我々が歩んできた、はたまた先回りしてこれから歩むであろう時代。その中には手足をばたつかせたくなるような悔恨、胸の詰まるような憂愁を含む「胸を刺すmemories」、または二度と帰らないことに嘆きつつも知らず知らず自身の支え、糧となっているような幸福の喜びを含む「心を癒やすmemories」もあるだろう。そんな星のように散らばる無数の記憶の数々をBAROQUEと共に追想するだ。
だからなんだ?結局何を伝えたいのだ?と問われればぐぬぬとしか返事ができないのだが、 とにかく追想するのだ。もう一度言おう、追想するのだ。

7. SILENT PICTURE ★★★
連綿と続く我々の記憶の断片「 SILENT PICTURE 」、追想は記憶のより深層にまで及ぶ。
そこにあったのは愛への渇望。
先回りしてしまうが、BAROQUEは続くラスト二曲でこの曲への解答といったようなものを暗示している
だから今は作品で唯一陰りを見せるこの曲へ想いを重ね、思う存分自己の思い出に浸るがいい!涙を流すがいい!

8. ORIGINAL LOVE ★★★★
男女のフェチプレイのひとつに「赤ちゃんプレイ」なるものがある。
>・多量のスポーツドリンクを飲ませたりしてそのまま失禁させる。
>・短時間に何度も排泄させ、訓練で頻尿状態にする。
といったWikipediaでその項目を流し見しただけで吐き気を催してしまう内容なのだが(そもそも何故そんなことまでご丁寧に解説しているのか、恐るべしWikipediaである)、今回は一見きちがいにもみえる、このプレイを求めるに至った男性の心的過程に注目してみようではないか。
いや、ひとりひとり過程の分析を連ねていったら某新興宗教会長の著作より巻数を要する文量となるので、この際過程などすっとばそう。
それはとりもなおさず母性愛の渇望に全て帰着するのではないだろうか。
私はこの曲によって自分が赤子のようになり、母なる根源的な「ORIGINAL LOVE」に包まれる不思議な陶酔感を味わった。なんという心地良さだろうか。同時に母なる者からの愛の渇きに心が疼き始めた。
今や私は母性愛を求めて上記のスカトロプレイに身を堕する者を馬鹿にできなくなってしまった。かといって、私は彼らのような奇行に走ったり、またはマザーコンプレックスに陥ることはないだろう。BAROQUEが私の母親となったのだから。必要とあらばこの「ORIGINAL LOVE 」に抱かれるだけだ。

9. MEMENTO ★★★★★
夕闇に暮れつつあるような寂然とした様相ながらも、「ORIGINAL LOVE 」でも癒すことのできなかった聴者の孤独にそっと寄り添い、魂を撫で慰めるようなイントロでゆっくりと曲は始まる。曲が進むにつれ、次第に愛は深く込められていきボーカルは既に慈しみすら感じさせる神々しい歌声をみせているではないか。
大いなる自然の息吹ともいえる轟音とともに曲調は一変、ほとばしる「生」の礼賛、その後のギターという一個の弦楽器を通じて、言葉なくとも何かを大いに語る弦楽器の調べは必聴である。言葉なしに語ったところを言葉にするのは野暮なので、是非その耳でこの声に耳を傾けて欲しい。
私は気づいた。前曲のORIGINAL LOVEheliosmumでは綾瀬はるかの乳房に包まれるような母性的愛を与えてくれたことはheliosを聴いた者、またこのブログの数少ない読者ならば覚えておいでのことだろう。
だが、この楽曲 :「MEMENTO」で提示された愛は、さらに包括的な、偉大なるものであり、我々が今足で踏んでいる大地からの、地球という星からの愛に満ちているのだ。溢れる愛の泉は何者も拒まない。
この19世紀ロシア文学にも似た精神を持つ「MEMENTO」は、今日も匿名大型掲示板 :2ちゃんねるにて、とうていこの記事では公にできないような中傷的書き込みや自演をして自己嫌悪に陥っている醜悪で卑劣な私にすら光を投げかけその広大な懐で抱きしめてくれるのである。
今、私の目からは涙がとめどなく溢れている。私は大地に接吻をした。

総評 ★★★★★
間違いなく21世紀という歴史に刻まれるであろう本作は、前作と違って大した宣伝もされずひっそりと産み落とされた作品である。
確かにその難解さ(こんなことをいうといらぬ不満をかい揚げ足を取られることになるのかもしれないが)から簡単に人に進められるような作品でもない。
そしてもしこの作品を手にしてもいまいち魅力を感じられなかった聴者よ、案ずることはない。この作品は諸君らの人生の歩みと共に経年進化していくものだ。だからいつまでも手元においておくといい。
だが作品も終わり、私はどうしても自分のこの調子にもちこたえられなってきた。あまりの臭みに我ながら辟易し、おちんちんが痒くなってきた。これにて筆を置き失礼する。